36の劇的境遇……は使える

おかむーBLOG演劇,シナリオ

ジョルジュ・ポルティGeorges Polti/1867-1946)の「36の劇的境遇」(thirty-six dramatic situations)は、劇作に登場する全シチュエーションを分類・整理したものだ。

最初に知ったのは、野田高梧さんの『シナリオ構造論』(1979改版/宝文館出版)だった。
野田さんは「実際にはどれほどの参考になるものか甚だ疑わしいが、一応項目だけでも知っておいて損にはなるまい」と、ヒジョーに消極的に紹介しており、

1 哀願(嘆願)/2 救助(救済)/3 復讐(復讐に追われる罪禍)/4 近親間の復讐/5 逃走(追跡)/6 苦難(災害)/7 残酷な又は不幸な渦に巻きこまれる場合/8 反抗(謀反)/9 戦い(不敵な争い、大胆な企図)/10 誘拐/11 不審な人物または問題(謎)/12 目的への努力(獲得)/13 近親間の憎悪/14 近親間の争い/15 姦通から生じる残虐(殺人的な姦通)/16 精神錯乱/17 運命的な手ぬかり(浅慮)/18 知らずに犯す愛慾の罪/19 知らずに犯す近親者の殺傷/20 理想のために自己犠牲/21 近親者のための自己犠牲/22 情熱のための犠牲/23 愛する者を犠牲にする場合/24 三角関係(優者と劣者との対立)/25 姦通/26 不倫な恋愛関係/27 愛する者の不名誉を発見/28 愛人との間に横たわる障害/29 敵を愛する場合/30 大望(野心)/31 神に叛く争い/32 誤った嫉妬/33 誤った判断/34 悔恨/35 失われた者の探索と発見/36 愛する者の喪失

と並べられても、確かに、どう使ってよいかわからない。

驚いたのは、小林勝さんの『シナリオ第一課』(1955/宝文館)を読んだときだ。この「36の劇的境遇」には、「必要な要素」という註釈があるのだ。私は、この「必要な要素」を検討材料に使っている。「境遇」を決め「必要な要素」を際立たせる。

この「必要な要素」がそろっていなければ、その「劇的境遇」は成立していないことになる。

ジョルジュ・ポルティはフランスの人なので、原版はフランス語だ。翻訳により揺れがあり、そのニュアンスを知るために、英語訳と2種の日本語訳を並記することで、より理解を深めるために、ここで一覧にしてみます。

  • 出典:小林勝現代映画講座3 シナリオ篇』劇的境遇三十六(1954/創元社)
  • 出典:正木喜勝演劇学論叢 9号』ジョルジュ・ポルティ「三十六の劇的局面」(2008/大阪大学大学院文学研究科 演劇学研究室)
  • 出典:Wikipedia(en)

『劇的境遇三十六』(形式上この境遇に特に必要な要素)
『三十六の劇的局面』(不可欠な動的要素)
『The 36 Situations』(the necessary elements)

1 嘆願(迫害者/嘆願者/最高権力)
A 最高権力者の裁決が注視される場合
B 最高権力者と迫害者と同一の場合
C 嘆願者が被害者と調停者に二分する場合
1 嘆願(迫害者/嘆願者/決心のつかない権力者)
1 Supplication(a Persecutor/a Suppliant/a Power in authority, whose decision is doubtful)

2 救済(被害者/迫害者/救済者)
「嘆願」の逆で、「嘆願」では訴えが聴かれるか否かの不安な過程が劇的なのだが、これではその解決の場面が劇的なのである。
2 救済(不運な人/脅迫者/救助者)
2 Deliverance(an Unfortunate/a Threatener/a Rescuer)

3 復讐(復讐者/罪人・かたき)
A 血縁者又は恩人の仇を討つ
B 自己の仇を討つ
C 職業的追跡
3 罪を追い求める復讐(復讐者/罪を犯した者)
3 Crime pursued by vengeance(a Criminal/an Avenger)

4 肉親間の復讐(復讐者/罪人/犠牲者の回想)
討つ者と討たれる者とが血縁の場合である。
4 近親者に対する近親者の復讐(犠牲となった親族の記憶/復讐する親族/罪を犯した親族)
4 Vengeance taken for kin upon kin(Guilty Kinsman/an Avenging Kinsman/remembrance of the Victim, a relative of both)

5 逃走(刑罰/逃走者)
「復讐」は追跡が主眼であったが、これは逃亡が劇的に取扱われる。
A 罪に追われて逃走するもの
B 愛慾の過失により逃走するもの
C 権力と戦う(心理的逃走)
5 追詰め(罪/逃亡者)
5 Pursuit(Punishment/a Fugitivec)

6 災難(打負かされる権力者/打勝つ敵)
地位の逆変(下克上)や恩を仇で返される場合で、全く運命的な境遇。
6 災害(勝利を得た敵あるいは使者/襲われた権力者)
6 Disaster(a Vanquished Power/a Victorious Enemy or a Messenger)

7 残酷 又は不運(不運な人/残酷の餌食)
7 餌食になること(支配者あるいは不幸/弱者)
7 Falling prey to cruelty/misfortune(an Unfortunate/a Master or a Misfortune)

8 反抗(暴君/反抗者)
8 反乱(暴君/陰謀者)
8 Revolt(a Tyrant/a Conspirator)

9 大胆なる企図(大胆な指導者/目的/反対者)
純粋な葛藤劇がこれにあたる。
9 大胆な企て(大胆な者/対象/敵対者)
9 Daring enterprise(a Bold Leader/an Object/an Adversary)

10 誘拐(誘拐者/被誘拐者/保護者)
10 誘拐(誘拐する者/誘拐される者/保護者)
10 Abduction(an Abductor/the Abducted/a Guardian)

11 (謎をかける人/解く人/謎)
観客が一緒に謎を解こうとするところが劇的な境遇となる。
11 (質問者/探求者/問題)
11 The enigma(a Problem/an Interrogator/a Seeker)

12 獲得(懇求者/拒絶者)
外交術と雄弁術がこの劇に入って来て、華やかな場面を展開する。
12 獲得(嘆願者/拒む者、あるいは仲裁者や敵対者)
12 Obtaining(a Solicitor & an Adversary who is refusing) or (an Arbitrator & Opposing Parties)

13 肉親間の憎悪(憎む肉親/憎まれる肉親)
一方的憎悪と相互的憎悪の二つの場合があるが、いずれにしても肉親間の感情であるだけに悲惨である。
13 近親者の憎悪(憎しみをもつ親族/憎まれた親族または互いに憎み合う親族)
13 Enmity of kin(a Malevolent Kinsman/a Hated or a reciprocally-hating Kinsman)

14 肉親間の争い(好かれる肉親/嫌われる肉親/その対象)
所謂肉親間の三角関係である。一人の女を兄弟で争うものが多いが、父子で争う場合もあり、その他いろいろある。愛人でなく物を争ってもよい。
14 近親者の闘争(好まれた近親者/拒絶された近親者/対象)
14 Rivalry of kin(the Preferred Kinsman/the Rejected Kinsman/the Object of Rivalry)

15 殺人的姦通(姦夫/姦婦/裏切られた夫又は妻)
15 人命を奪う姦通(不義の配偶者/共謀された姦通/裏切られた配偶者)
15 Murderous adultery(two Adulterers/a Betrayed Spouse)

16 発狂(狂人/被害者)
16 狂気(狂者/被害者)
16 Madness(a Madman/a Victim)

17 浅慮(無分別な人/被害者)
17 運命的過失(過失者/被害者あるいは失われた対象)
17 Fatal imprudence(the Imprudent/a Victim or an Object Lost)

18 知らずして犯す愛慾の罪(愛する人/愛せられる人/発く者)
18 意図しない愛の犯罪(愛する者/愛される者/暴露する者)
18 Involuntary crimes of love(a Lover/a Beloved/a Revealer)

19 知らずして肉親を殺す(殺害者/被害者)
19 未知の身内に対する殺害(殺害者/それと認知されない被害者)
19 Slaying of kin unrecognized(the Slayer/an Unrecognized Victim)

20 理想のための自己犠牲(主人公/理想/犠牲者 又は物)
理想にエゴイズムが入らないために、この境遇は崇高な感情に満ちている。
A 生命を犠牲にする
B 愛と生命を犠牲にする
C 平和を犠牲にする
D 名誉を犠牲にする
20 理想のための自己犠牲(英雄/理想/「債権者」あるいは犠牲にされた者)
20 Self-sacrifice for an ideal(a Hero/an Ideal/a Creditor or a Person(Thing) sacrificed)

21 肉親のために自己犠牲(主人公/肉親/犠牲者 又は物)
A 生命を犠牲にする
B 大望を犠牲にする
C 愛を犠牲にする
D 貞節を犠牲にする
21 親族のために自己犠牲(英雄/親族/「債権者」あるいは犠牲にされた者)
21 Self-sacrifice for kin(a Hero/a Kinsman/a Creditor or a Person(Thing) sacrificed)

22 愛慾のために全てを犠牲にする(主人公/愛慾の対象/犠牲者 又は物)
A 信仰・純潔・未来等を犠牲にする
B 分別を失わしめる誘惑
C 名誉や生命の破壊
22 情念のためにあらゆる犠牲(心をとらえられた者/運命的情念の対象/犠牲にされた者)
22 All sacrificed for passion(a Lover/an Object of fatal Passion/the Person(Thing) sacrificed)

23 愛する者を犠牲にする(主人公/犠牲者/犠牲の必然性)
A 正義・信仰のために
B 主君のために
23 身内を犠牲にする必然(英雄/選ばれた近親者/犠牲の必要性)
23 Necessity of sacrificing loved ones(a Hero/a Beloved Victim/the Necessity for the Sacrifice)

24 優者と劣者との争い(優者/劣者/その対象)
これはいわゆる三角関係をあつかったものである。
A 男性の争い
B 女性の争い
C 二重闘争(甲が乙を、乙が丙を、丙が丁を愛す)
D 東洋風の闘争(一夫多妻制度下の争い)
24 不均衡な闘争(劣った敵対者/優れた敵対者/対象)
24 Rivalry of superior vs. inferior(a Superior Rival/an Inferior Rival/the Object of Rivalry)

25 姦通(欺かれた夫又は妻/二人の姦通者)
第二十四境遇の特別の場合とみることができる。
A 愛人(女)が欺かれる
B 妻が欺かれる
C 夫が犠牲にされる
D 欺かれた夫の復讐
25 姦通(騙された配偶者/不義の配偶者/共謀された姦通)
25 Adultery(two Adulterers/a Deceived Spouse)

26 愛慾の罪(愛する者/愛せられる者)
不道徳な愛情を取扱う境遇で、そのうち姦通は別に独立した境遇になっているし、自涜・強姦・売淫の三つは劇とはならない。なお第十八境遇「知らずして犯す愛慾の罪」と区別されたい。
A 血族相姦
B 同性愛
C 獣姦
26 愛の罪(心をとらえられた者/愛される者)
26 Crimes of love(a Lover/the Beloved)

27 愛する者の不名誉を知る(発見者/罪ある者)
尊敬する父や母、愛する娘や妻や恋人の恥を発見して苦しむ心理葛藤の境遇だが、第二十三境遇「愛する者を犠牲にする」ほどの崇高な理想の魅力は見られない。
27 愛する人の不名誉を知ること(知る者/罪を犯した者)
27 Discovery of the dishonour of a loved one(a Discoverer/the Guilty One)

28 愛の障害(二人の愛人/障害)
A 身分の相違
B 敵や不慮の障害に妨げられる結婚
C 親類の反対に妨げられる自由結婚
D 恋・ラブシーン(これは多く喜劇となる)
28 妨げられる愛(第一の愛する者/第二の愛する者/障害)
28 Obstacles to love(two Lovers/an Obstacle)

29 敵に愛着する(愛される敵/愛する人/憎む人)
第五境遇「逃走」、第二十八境遇「愛の障害」と区別する必要がある。
29 敵を愛すること(愛された敵/愛する者/憎む者)
29 An enemy loved(a Lover/the Beloved Enemy/the Hater)

30 野望(野心ある人物/野心の対象/反対者)
A 大望が妨げられる
B 反逆的野心
30 野心(野心家/野心家が望む事柄/敵対者)
30 Ambition(an Ambitious Person/a Thing Coveted/an Adversary)

31 神と戦う(人間/神)
けだし最高の闘争であり同時に最大の愚行であろう。
31 神に対する闘争(人間/神)
31 Conflict with a god(a Mortal/an Immortal)

32 誤れる嫉妬(嫉妬する人/嫉妬する人の所有の対象/想像上の共謀者/誤解の原因)
32 誤った嫉妬(嫉妬する者/妬む対象/想定された共犯者/誤解の契機または作者)
32 Mistaken jealousy(a Jealous One/an Object of whose Possession He is Jealous/a Supposed Accomplice/a Cause or an Author of the Mistake)

33 誤れる判断(誤解する人/犠牲者/誤解の原因/真の犯人)
33 誤審(間違える者/それによって被害を受ける者/誤らせる人またはもの/本当の犯人)
33 Erroneous judgement(a Mistaken One/a Victim of the Mistake/a Cause or Author of the Mistake/the Guilty One)

34 悔恨(犯人/犠牲者 又は罪/訊問者)
34 良心の呵責(犯人/被害者 または過ち/質問者)
34 Remorse(a Culprit/a Victim or the Sin/an Interrogator)

35 失われた者の発見(尋ねる人/発見される人)
35 再会(探し出される者/探し出す者)
35 Recovery of a lost one(a Seeker/the One Found)

36 愛する者を失う(殺される肉親/それを傍観する肉親/殺す者)
36 家族の喪失(襲われた近親者/近親関係にある目撃者/加害者)
36 Loss of loved ones(a Kinsman Slain/a Kinsman Spectator/an Executioner)

確かに、ドラマはこれらの要素を組み合わせて作られる。しかし、組み合わせが複雑になり、何の話なのか判らなくなることがある。「書いているのは、どの境遇(局面)なのか?」
優先順位の1番目を見極めることで、よりドラマを力強いものにする。そして、そのドラマのための「要素」が足りているかを検証する。単純化には、ひじょうに使い易い指標だと思う。