『地獄の黙示録』とストラーロの傲慢
昔、ビデオといえばスタンダード・サイズ(縦横比/4:3)だった。
台頭するTVに対抗して、横長のシネマスコープやビスタビジョンを開発した映画界だったが、2次使用として映画をTVに売ったあとは、TVの仕様に合わせるために、結局はスタンダード・サイズに画面が切り取られていた。
まだ、黒い帯が上下に入るワイドスクリーンでの放送は視聴者に受け入れられてはおらず、第一、TVの解像度が悪くディテールが潰れてしまう。
『地獄の黙示録』も当然ながら、4:3のスタンダード・サイズに置き換えねばならない。
ビデオ化に当たって、監督のフランシス・フォード・コッポラ自身がスタンダード化の作業に当たった、というのが当時のふれこみだった。通常はTV局の外注プロダクションがおこなうビデオ化作業に、コッポラ自身がコントロール権を主張したというコトだろう。
巨額の借金を返すためにも、ビデオを大量に売り、TV局に高く売る必要があったからかも知れない。
横長の画面のどこを切り取るか。昔はプリントを投影し(空中像と云って実際のスクリーンに投影するわけでは無い)、それをビデオカメラで撮ることで、ビデオ化をおこなっていた。
その際に、横長のシネスコサイズから、どう4:3のサイズに切り取るか、カット毎に位置を決め、場合によっては、横長のサイズをその中で横移動させてみたり、横長のものを左右圧縮して4:3に収めてみたり。
面倒くさい作業なので、簡単なのは、右か左か真ん中かで4:3にブッタ切ってしまうことだ。そして収まらないものは左右を圧縮して4:3に収めてしまう。
左右を圧縮すると縦横比が変わり、ヒョロヒョロと細長い顔になってしまう。
コッポラ版では、横長の画面内を横に舐めて移動する処理を多用することで、左右の圧縮を排除し、横長の画面全体を4:3の中で見せることに成功していた。
時代は変わって、ビデオ化はプリント(ポジ・フィルム)からではなく、より画質の良いネガ・フィルムからおこなわれるようになった。ネガ・テレシネの始まりだ。
(テレシネとは、フィルムをビデオに変換する作業のコト。今はビデオでは無くデータに置き換えるので、デジタイズと言っている)
そして、LDで、ワイドスクリーン・ニューマスターの『地獄の黙示録』が出た。
今度は撮影監督の、ヴィットリオ・ストラーロが、テレシネ作業に立ち合っている!!
LDを即買いし、観た!! ナンじゃああ!こりゃあああ〜?
オレの観た『地獄の黙示録』では無い!
舞台はベトナムである。モンスーン地帯特有の日差しの強さとベットリした湿度、それがニューマスター版には無くなっていた。(現DVD版も同様)
出撃シーンの空は、白ないしは青紫だ。朝なのにいきなり空は白い。それがベトナムの暑さを感じさせた。ジャングルの中に入ってゆくシーンは、ジャングルの暗さをあらわしていた。夜では無く、ジャングルだから暗いという表現だ。
ところが、ニューマスター版の出撃シーンの空は琥珀色だ。これはストラーロが『ラストエンペラー』でアンバー(琥珀色)を気に入ったからに過ぎない。これ以降、ストラーロはアンバーを多用する。ジャングルのシーンは、青で染め、夜にしてしまった。暗くて見えないという表現は削られ、恐さは薄まってしまった。
映画館で観た『地獄の黙示録』は、もうDVDやBlu-rayでは観られない。
ネガ・テレシネが始まってから、映画のトーンは変わってしまった。
昔のフィルムは感度が低く、照明も集光タイプが多いため、コントラストが高い。
映画館で黒を感じることは出来るが、モニタ画面で黒はノイズにしかならない。
黒い暗部を持ち上げ、白トビを品良く見せるために、補正をする。
投影した影と、発光物を見るのとでは、当然、視覚の感じ方が違う。
だから仕方が無い。映画館で観たものを、家庭で同じように観ることは出来ない。
『地獄の黙示録』 Blu-rayで、再び修整!
(この項、2013/4/16に追加)
ヴィットリオ・ストラーロ監修でトーンが変わってしまった『地獄の黙示録』DVD版ですが、Blu-ray版は、VHSとDVDの中間くらいの色合いになり、画角も劇場公開時の縦横比(2.35:1)に戻りました。
エンドロールの「王国の爆撃」や、冒頭の「Apocalypse Now」のタイトルも無くなり、フランシス・フォード・コッポラ監督が望んだ、「先行ロードショーバージョン」になりました。
(70mmでの先行ロードショーの後、「Apocalypse Now」のタイトルが付き、「王国の爆撃」をバックにクレジットタイトルが出る、35mmの一般公開バージョンが全国で公開された)
(2013/4/16に追加した項、ここまで)
テレシネのやりかたで画調が変わってしまう有名な例を、載せておきます。
『千と千尋の神隠し』 DVDの「赤い映像」問題
色温度の基準が異なります。