2021年映画ベスト と『The Last Duel』

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実家に居を移し3年。コロナ禍でこの丸2年は一度も上京せず、県内から出ず。2022年はつくる側へ回帰しようと、まずは脚本のためのメモ書きをはじめる。そんななかで、2021年の私の映画BESTは、つくり手側の志を鼓舞させる5作品になった。(順当すぎるか)

映画大好きポンポさん (監督:平尾隆之)

映画大好きポンポさん(平尾隆之/2021)

君は映画の中に自分を見つけたんじゃないかね
君の映画に、君はいるかね」

至高の言葉にヤラレル。あるある感動要素を重ね合わせて構成された、クリエーター心を揺さぶる快作。「90分こそが映画」

ドント・ルック・アップ (脚本・監督:アダム・マッケイ/Netflix)

ドント・ルック・アップ(アダム・マッケイ/2021)

メリル・ストリープ史上、最高のコメディキャラクターが生まれた。マーク・ライランスのヤバさも素晴らしい。“セカンド・シティ”出身のアダム・マッケイによる、即興合戦の集大成。インプロヴィゼーション的な飛躍で、あれよあれよと、情けない選択をし、人類は転げ落ちてゆく。『ディープ・インパクト』の家族や、『アルマゲドン』の英雄譚を、きちんと下敷きにしているのも目配せが効いている。

愛すべき夫妻の秘密(脚本・監督:アーロン・ソーキン/Amazon Prime)

愛すべき夫妻の秘密(脚本・監督:アーロン・ソーキン)

原題は『Being the Ricardos』リカード夫妻でありつづける。『ザ・ホワイトハウス』で描かれた政治的な駆け引き、『ニュースルーム』で描かれたテレビ局や時事問題、それらのテクニックの集大成とも言える、良く出来たシナリオ。『モリーズ・ゲーム』と同様に、主人公である彼女が何にこだわっていたのかの、真意が浮かび上がってくる。(それを語らずに、観客に発見させる)

役者が脚本家を越えてゆく。役者には見えているが、脚本家やディレクターには見えないモノ。役者と役柄の間に横たわる「ひっかかり」など、演技者側のリアルを描いた、稀有な作品。

tick, tick… BOOM! (監督:リン=マヌエル・ミランダ/Netflix)

tick, tick... BOOM! (リン=マヌエル・ミランダ/2021)

主人公に老練のエージェントが言う。「You start writing the next one. And after you finish that one, you start on the next. And on and on, and that’s what it is to be a writer, honey」(次の作品を書くの。それが終わったら、また次。それを続けるのが作家ってものよ)

……そうですね。はい。次を書きます……と自戒。クロスカッティングで、TalkSong を多重化してゆく編集が秀逸。この監督の出世作『イン・ザ・ハイツ』の映画版も、後半1時間が尻上がりに良くなってオススメ。……これが『RENT』に行き着くのだなあー。

DUNE/デューン 砂の惑星 (監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ)

DUNE/デューン 砂の惑星(ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2021)

独特なショットと編集で、ぐいぐいと引っ張ってゆく。幾何学的でシンプルな構図を、カット間のマを詰めたジャンプ編集で繋ぐ。画角も狭く、ボケを活かしたフォトジェニックな絵。物語は展開していないようでいて、実際は多くの人が死んでいる。支配者からの圧力と、細々とした希望の、バランスが良い。


以下は、BESTではなく、考察。こう考えたら腑に落ちた。

最後の決闘裁判 (監督:リドリー・スコット)

3つのパートに分かれ、女性視点で描く3つ目が「真実」と表記されるが、これは『羅生門』のような3人各々の主張を描いた作品ではない。そう書かれていないし、そう撮られてもいない。

弱さを持ちながらも、地に足をつけて、真摯に生き延びようとする主人公。それは、脚本家のニコール・ホロフセナーが『おとなの恋には嘘がある』や『ある女流作家の罪と罰』で描き続けてきたものだ。

冒頭、主人公のマルグリットが決闘への衣裳に身を包む。「物語のファーストカットは、その物語を象徴する」というのが、《ハリウッド・ライティング》のルールだ。

最後の決闘裁判(リドリー・スコット/2021)

つまり、この物語の決闘とは、男2人の決闘ではない。彼女(マルグリット)がどう《決闘》に挑んだかという物語だ。

この作品がどこかボンヤリしているのは、主観的な描写をしていないためだ。3つの各々のパートが、そのパートの主人公に感情移入できるように撮られていない。その人物の語りのはずが、その人物の感情が見えない。客観描写になっている。

なぜなら、全体の語りが、彼女(マルグリット)によって語られているからだ。彼女によって、夫(ジャン/マット・デイモン)はこう言うだろう、男(ルグリ/アダム・ドライヴァー)はこう言うだろう、そして、私の主張はこうだ、と演出されている。全体を、彼女(マルグリット)の《つくりばなし》とみるべきだ。そうすると全ての合点がゆく。

最後の決闘裁判(リドリー・スコット/2021)

ラストは《こども》だ。この物語のゴールは《こども》にある。この《こどもに至る決闘》が描かれている物語だ。

【1】ジャン

ジャンの正当性は描かれていない。ジャンの問題点を描いている。

ジャンは、ルグリよりも腕力が強い。城(ベレムの長官)は継げない。こどもはできない。ジャンのやりかたでは、没落し、貧しくなるばかりだ。(ルグリに口づけさせたのはジャンだ)

【2】ルグリ

ルグリを正しい者として描く。ルグリに、ジャンは傲慢で正しくないと語らせる。ルグリを正当化することで、自分(マルグリット)を正当化する。

マルグリットの父も、判断を誤って、娘を政略結婚させるまでに没落し、土地も奪われた。

Act 2】になり、マルグリットの抱えている問題がわかる。「裏切り者の《》として、どう生き延びてゆくか」。それがマルグリットの行動原理だ。

ルグリに「新たな恋は、古い恋を駆逐する」「女が男2人に愛されるのを妨げるものはない」と恋愛の正当性を語らせ、神父に「悪魔は誘惑者の手で罠を仕掛ける」「イブはアダムを誘った。愛ではない」と言わせる。

最後の決闘裁判(リドリー・スコット/2021)

ルグリは神父に懺悔にゆき「姦淫の罪」を告白する。確信犯の強姦なら、懺悔はしない。誘われて、あやまちとしての行為だから懺悔する。

そして、この物語の折返し点、《ミッドポイント》で事件が起こる。「こどもができた(懐妊)」だ。

【3】マルグリット

マルグリットの目的が明確になる。「跡継ぎを生み」「土地(領土)を守る

SEX の快感を得て、こどもをつくらねばならない。

最後の決闘裁判(リドリー・スコット/2021)

喜びを感じないと妊娠できない」。それが、この物語世界の約束事だ。

だから相手は、ルグリでなければならない。ジャンでは頂点に達しない。(そうでなければ、日々の営みで、ジャンとの間に、こどもができていたはず)

レイプシーンが過激なのは、事実ではないからだ。愛のある SEX で、快感を得たことを隠さねばならない。誘惑し、子づくりをし、懐妊したことを、隠す。あのレイプシーンはマルグリットが語ったウソだ。(レイプが事実ならば、どちらの子だ? という議論があっても良いのでは)

最後の決闘裁判(リドリー・スコット/2021)

姑は言う「真実など重要ではない」「私は生きてるわ

マルグリットは答える「大きな犠牲の上の特権ね」

最後の決闘裁判(リドリー・スコット/2021)

これから決闘が公開される場で、マルグリットは聴衆に向かって宣言させられる。「私は真実を述べました」。この台詞がシナリオにあるということは、真実を述べていないと云うこと。

この作品のテーマは、《黙ることが生き抜く術

こどもと財産を守るために、偽りの夫に、こどもの父親を殺してもらった女の涙。「レイプなどなかった」と言って死んでいった男は、もう永遠に口を閉ざす。

夫婦でそんな会話はしないだろうが、この裏の事情を、うっすらと、ジャン(マット・デイモン)が感じとっている風なラストの戸惑いが、深味があっておもしろい。


昨年のマイブームは、劇作家の「北條秀司」氏。構成の明解さと、計算された演出に唸る。岡本綺堂長谷川伸に師事し、川口松太郎中野実菊田一夫と「劇作家四人の会」をつくった大御所。あの『王将』を書いた人!!

北條秀司戯曲集